クリス・メルヴィル - ルシア

1962年にニュージーランドで生まれ、24歳のときにオーストラリアに移住しました。現在はブリスベンで妻と二人の息子と暮らしています。

祖父の思い出

いろいろな人に、何故ギターを作り始めたのかよく聞かれます。そのきっかけは幼少期のころにあると思います。私は楽器を弾くことが大好きでしたが、いい楽器は高くて買えませんでした。それで、1988年に自分で作ろうと思いました。子供の頃は祖父のワークショップで大半の時を過ごしました。子供の私にとって、祖父のワークショップは多種多様な不可思議で素晴らしい道具で埋め尽くされていました。祖父はそれらの道具を使ってありとあらゆる物を作ったり直したりしました。7歳で楽器を弾き始める人もいます。私は楽器を弾く代わりに楽器を作り始めたのです。買えなければ自分で作れと祖父から学びました。また、祖父はワークショップにあるほとんどの機械を自分で作りました。 祖父の影響で船や飛行機などを木やメタルの残り材で作ったりしました。祖父が私の最初の指導者だっとと思います。

祖父は第二次世界大戦前「タイガーモス」の航空機のエンジニアでした。当時、珍しく機体とエンジンの両方を作れる資格を取得していました。修理をしては飛ばしていました。祖父は細部にわたり行き届くいい目をしていました。そして、どんなことをするにも必ずいい方法があると教わりました。

キャリアの初期

1988年に最初のギターを作成しました。当時は殆ど情報がありませんでしたが、できるだけ多く集めようとしました。プリカットをしたパーツ等は一切ありませんでした。限られた道具を使って、全ての部品を一から作らなければなりませんでした。毎回新たな発見がありました。初期の私のギターはまだまだ荒削りですが、かなりいい出来でいい音を出していました。

しかし、この同時はブリスベンでギターの作製だけで生活をすることはとても容易ではありませんでした。

修行時代

数年後、地元の修理件エレキギター製作者のクリス・キンマン(以下、CK)に仕事を依頼されました。CKと仕事をしていい仕事と優れた仕事の違いに気がつきました。CKは細部にわたり注意を払って仕事をしました。いい仕事では十分ではなく、完璧な仕事を目指しました。

それから6年間、主にアメリカの主要ブランドの修理とオーストラリアとアメリカの他の製作者より依頼されたハンドメイドのギターを作製しました。どの様にそれぞれのギターが作られているのか知りたい者にとってはとてもいいトレーニングの場でした。私は色々なギターの長所や短所を理解する事が出来ました。更に、音が共鳴するように多様な技術を学ぶことが出来ました。

メルヴィルギター

6年後、自分の工房を構えました。CKは修理の依頼を全て私に回してくれました。彼は新しいノイズレス ストラトキャスターとテレキャスター ピックアップの開発に専念したかったのです。(この件に関しては、 www.kinman.com を参照ください。)

今では23年間ギターの製作、修理の仕事をしています。現在市場に出回っている殆どのギターを扱ったことがあります。難しい細かな修理などを得意としています。ハンドメイドのギターは単に作るだけでなく見た目の美しさ、また、微妙な音色を醸し出すことができます。

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